監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
多くの会社は、労働者の年次有給休暇取得について、事前の申請を求めているかと思います。
では、予期せぬ体調不良や身内の不幸に見舞われた等の事情により労働者が遅刻、欠勤した場合、事後的な手続によって年次有給休暇に振り替えることはできるのでしょうか。それとも、事前の申請がないことを理由に、欠勤の扱いとすることになるのでしょうか。
このページでは、年次有給休暇の事後申請の扱いについて、詳しく解説していきます。まずは、法律上の扱いからみていきましょう。
目次
1 有給休暇の事後申請の有効性1.1 時季変更権との関係2 事後申請の可否は会社の判断による3 当日の始業前に申請があった場合の取扱い4 会社が年次有給休暇を自動的に事後振替させることは違法か?5 就業規則に規定を設ける必要性5.1 就業規則に記載すべき事項6 事後申請を認める場合の注意点7 有給休暇の事後申請に関する裁判例有給休暇の事後申請の有効性労働基準法上、年次有給休暇の取得は事前申請を原則としています。そのため、使用者には事後申請による年次有給休暇の取得を認める義務はなく、事前の申請なく会社を休んだ労働者については、欠勤として扱うことができます。
年次有給休暇の申請に関するルールについての詳しい説明は以下のページに譲ります。
有給休暇の申請ルール時季変更権との関係年次有給休暇は、原則として、労働者が請求する時季に与えなければなりません。しかし、労働者が指定した時季に年次有給休暇を取得させることが“事業の正常な運営を妨げる”場合に限り、使用者はその取得時季を変更させることができます(=時季変更権の行使)。
事後申請の場合、使用者が時季変更権の行使を検討し、判断するだけの時間を確保できないため、事前の申請が原則となっているのです。
年次有給休暇の時季変更権に関する詳しい内容は、以下のページをご覧ください。
年次有給休暇の時季変更権について事後申請の可否は会社の判断による裁判例では、年次有給休暇の事後申請を認めるかどうかは会社の自由であるとしています。つまり、事後申請に関する判断は使用者の裁量によるところが大きく、事後申請に応じなくても、原則として違法にはなりません。
しかし、急な病気や事故等の場合にも事後申請を認めないとなれば、労働者の就労意欲の低下を招きかねません。そのため、事由によっては事後申請を認め、欠勤日に年次有給休暇を充当するといった対応を実施する会社が多く見受けられます。
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当日の始業前に申請があった場合の取扱いところで、事後申請の『事後』にあたるのは、具体的にいつを指すのでしょうか。
ここで問題となり得るのは、急な体調不良等を理由に、当日の朝に申請があった場合です。年次有給休暇は、原則“1労働日(午前0時~24時までの24時間)”単位で与えることになっています。そのため、たとえ始業前であっても、時季指定日の午前0時を過ぎた時点で『事後』申請になります。
では、前日の23時59分までに申請があれば事前申請として扱うのかといえば、使用者の時季変更権やその他実務との兼ね合いから、認められ得るのは遅くとも前日の就労時間内の申請までとなるでしょう。
会社が年次有給休暇を自動的に事後振替させることは違法か?結論からいえば、労働者の欠勤日について、後日会社が自動的に年次有給休暇に振り替えることは違法となります。年次有給休暇は基本的に労働者の請求によって付与するものであり、事後的な対応として使用者の独断で消化させることはできません。
事後の振替が認められるのは、あくまでも労働者から欠勤日を年次有給休暇に振り替えて欲しい旨の申出があり、使用者もこれを承諾した場合のみであることに留意しておきましょう。
就業規則に規定を設ける必要性労働契約上、年次有給休暇の事後申請に関する取り決めが特段ない場合には、事前申請の原則に従い、事後申請を認めず、欠勤の扱いとすることが可能です。
しかし、事由によっては事後申請を認めることと定める場合、ある程度明確な判断基準を設けておかなければ、使用者の裁量権の濫用とされるおそれがあります。
そのため、法的根拠のない事後申請について認める場合には、就業規則に事後申請を認める旨の規定を設け、その規定に従って運用していく必要があります。
就業規則に記載すべき事項就業規則には、以下の例のように、原則的な対応、例外的な対応とする事由、事後申請の届出の期限、その他必要な添付書類等について記載します。なお、例外的な対応とする事由は、弾力的な運用ができるよう、“やむを得ない事由”等と記載するのが妥当です。
《例》
・年次有給休暇の事後申請は原則として認めない。・ただし、やむを得ない事由により事前申請ができず、欠勤した日については、事後申請を認める場合がある。・事後申請は、欠勤後最初の出勤日から●日以内に届け出るものとする。・また、必要に応じて医師の診断書、その他証明書等の添付を求める場合がある。企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
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事後申請を認める場合の注意点事後申請の容認は、いわば使用者の厚意で行うものでありますが、使用者の厚意につけ込んで、遅刻や欠勤を繰り返す労働者が出てくる等、社内秩序の乱れを引き起こすおそれがあります。事後申請が慣行化している場合、そのような問題のある労働者に対しても、事由の性質を問わず事後申請を認めざるを得なくなるといったリスクを避けられません。また、決裁者によって認否の判断が異なれば、労働者間の扱いに不公平が生じるため、労働者のモチベーション低下に繋がります。
これらを防止するためにも、就業規則の整備は不可欠です。
有給休暇の事後申請に関する裁判例【裁判例①:東京地方裁判所平成5年3月4日判決、東京貯金事務センター事件】
事件の概要東京貯金事務センターに勤務していた原告が、4回にわたる遅刻等を理由に賃金減額、訓告を受けたことに対し、各遅刻は電車遅延によるものであり、事後申請によって休暇として処理されるべきものであった等と争った事案です。
裁判所の判断裁判所は、事後申請の申出に対応した処理をするかどうかは使用者の裁量に委ねられているものであり、事後申請が認められなかったからといって、裁量権の濫用と認められる特段の事情がない限り違法となることはないと述べました。
この点、被告会社の就業規則には「やむを得ない事由」であれば事後申請を認め得る旨の規定がありますが、電車遅延を理由とする原告の本件各遅刻は、自らの努力又は選択により容易に回避し得るのに、その努力を怠り、又はあえて個人的な都合を優先させて通勤手段を選択していたことの結果にすぎないとして、被告が「やむを得ない事由」に当たらないと判断して年次有給休暇として扱わなかったことに違法性は認められないと判示しました。
【裁判例②:新潟地方裁判所昭和37年3月30日判決、電気化学工業事件】
事件の概要被告会社に就労する原告につき、職務怠慢等の就業規則違反を理由に懲戒解雇としたことに対し、原告が、懲戒解雇の事由に該当する就業規則違反の事実はなく、適切な手続を経たものではないとして、雇用契約の存在を争った事案です。
裁判所の判断被告が主張する懲戒事由の1つに、原告が、被告会社主催の相撲大会に選手として出場し、また、大会終了後の選手慰労会に出席して飲酒した後、所定の出勤時刻を大幅に超過して出勤したうえに、勤務から除外され帰宅したとする就労態度があげられました。しかしこの日は、原告の申出によって年次有給休暇に振り替えることを上長が承認している事実が認められています。
そこで、裁判所は、年次有給休暇請求権による休暇の時季をいつに決定するかは使用者に留保されるべきであり、労働者において任意に遅刻その他の事情により就業に差し支えた日を有給休暇に振り替えることはできないものと解すべきとしたうえで、使用者において労働者による事後申請を認める場合には、その日は、あらかじめ決定されている休日と同じ扱いとなるため、原告の遅刻等の職務態度を、通常の出勤日と同様に評価し、就業規則違反の責任を問うことは相当ではなく、懲戒事由に該当するものと評価することは許されないと判示しました。
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この記事の監修
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある
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